【睡眠関連ホルモンの役割:メラトニンとオレキシン②】オレキシンとは?

本コラムは2回に渡って「睡眠関連ホルモンの役割」についてお話しております。
先の投稿をお読みでない場合はぜひ順を追ってお読みください。
4. オレキシンとは?
オレキシンの発見と歴史
オレキシンが発見された経緯には、アメリカ政府が1990年から行った「ヒトゲノム計画」が大きく関係しています。人の細胞に含まれている核の中に含まれるDNAの情報をすべて調べるという膨大な研究計画であり、予定された期間は15年間、予算は30億ドル(当時のレートで4800億円)というビッグプロジェクトでした。予定された期間よりも早期の2000年には、ヒトのDNA情報の90%以上が明らかになりました。DNAの構成要素は、たった4つ(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)しかありませんから、配列が似通っている箇所がいくつか出てきます。その規則的な配列を見ていくことで、ヒト細胞の細胞膜で細胞外からの”信号物質”の情報を受け取る”スイッチ=受容体”に規則性があることがわかりました。この受容体の一種を「Gタンパク共役型受容体」、信号を伝える物資を「リガンド」と呼びました。

ヒトゲノムの解析が進むにつれて、未知の「Gタンパク共益役型受容体」がたくさん発見されました。何を行っているのか、何がリガンドなのかわからない受容体がたくさん見つかったのです。先に受容体だけがわかり、対になるリガンドが見つからずに迷子になってしまったこれらの受容体は「オーファン受容体(orphan : 孤児の)」と呼ばれました。リガンドが見つかれば細胞レベルで起こっていることがわかるため、このリガンドの捜索は、ヒトゲノム解析と並行されながら、各国の研究者たちの徐々に解明されていくことになりました。
数あるオーファン受容体のうちの一つ、脳の視床下部外側野という場所でとある受容体に結合する物質(=リガンド)が1998年に同定されました。発見者である筑波大学の柳沢正司氏・桜井武氏らのグループはこのリガンドを「オレキシン:Orexin」と名付けました。
後に、オレキシンは「ナルコレプシー」という睡眠疾患にを引き起こす原因物質であることが明らかになりますが、発見当初は全く見当もついていなかったそうです。
オレキシンは“食欲”を表すギリシャ語の“orexis”から名づけられました。オレキシン受容体がたくさんある視床下部外側野は、食欲に関連する部位(接触中枢)だったため、食欲に影響を与えるだろうと考えられていました。実際に、マウスにオレキシンを投与したところ、食事摂取量が増加しました。反対に、空腹になったマウスは、オレキシンの分泌量が増えようとしていることもわかりました。
以上の経緯から食欲に深くかかわる物質として研究が勧められたオレキシンでしたが、食欲以上に「睡眠」への影響が大きいことが次第に明らかになっていきます。
オレキシン受容体ノックアウトマウス
筑波大学の柳沢氏らのグループは、オレキシン受容体が、遺伝子操作によって働かない(=ノックアウト)マウスの食事量に関する観察をしました。当初の予想では食事量が低下すると考えていましたが、食事量の変化は小さく画期的な発見という様子ではなかったそうです。
ネズミは夜行性のため、食事をとっている様子を観察することができません。そのため暗視カメラを用いて深夜のネズミの行動も観察を始めたところ驚くべき行動が観察されました。
脳波と筋電図の情報からマウスはこの短時間で「レム睡眠」を行っていることがわかりました。実は眠った直後にレム睡眠が起こることは非常に珍しいことで、ナルコレプシーという睡眠疾患に特徴的な挙動です。ナルコレプシーについての症状は別の章に譲りますが、当たり前のように活動していたのに突然力が抜けて眠ってしまう状態(sleep onset REM )が、オレキシン受容体ノックアウトマウスで頻発しているということがわかりました。これをきっかけにナルコレプシーの症状は、脳の髄液内のオレキシン濃度が不足する場合や、オレキシンの効きが悪くなった場合に出現することがわかりました。
ヒトのナルコレプシーの患者においても、脳髄液内のオレキシン濃度が高頻度(約90%)で低下を認めることがわかり、現在においてもナルコレプシー(type1)の診断基準の一つとなっています。
1990年から開始された「ヒトゲノム解析プロジェクト」から、8年でオレキシンが発見され、その後数年足らずで、原因不明の眠り病だったナルコレプシーの原因物質である事が明らかになりました。筑波大学の柳沢氏らの研究功績は日本のみならず海外でも高く評価されておりノーベル生理学・医学賞の有力候補と目されています。
オレキシン受容体拮抗薬
オレキシンは、睡眠のメカニズムに非常に密接に関係しているため、睡眠障害を解決する治療薬として広く用いられています。覚醒を維持するために効果を発揮するオレキシンですが、脳内のオレキシン受容体と結合できないと効果を発揮できません。その作用を利用して、新たな睡眠薬としてオレキシン受容体拮抗薬が2014年に日本国内で販売されました。
スボレキサント(®ベルソムラ)およびレンボレキサント(®デエビゴ)は脳内のオレキシン受容体に実際のオレキシンよりも素早く結合する物質です。これらの薬物はオレキシン受容体に結合した後は何もしません。オレキシンが結合すれば起きれいられますが、薬がジャマをして、結合ができないためナルコレプシーの方のように寝入ってしまいます。
ヒトの脳内でも眠くなると、オレキシン濃度が下がり、覚醒維持効果は弱くなります。オレキシンの覚醒維持効果が弱まることは自然な現象であり、大きな副作用はありません。ナルコレプシーの症状の一つとして、入眠前に幻覚(夢)を見る症状がありますが、オレキシン受容体拮抗薬の服用によっても、同じように夢を見ることがあります。
オレキシン受容体拮抗薬は非常に効果的に睡眠を促してくれます。2014年に処方可能になってからは入眠導入剤の管理はかなり変わりました。これまで頻用されてきたベンゾジアゼピン系睡眠薬は、効果も副作用も多いクセの強いお薬でしたが、副作用の少ないのに入眠効果の高いオレキシン受容体拮抗薬の登場は、処方する我々の悩みを本当に大きく減らしてくれています。
オレキシン受容体拮抗薬の副作用として、悪夢や日中の眠気が挙げられます。睡眠薬の効きすぎというところでは仕方ないのかもしれません。また、スボレキサントは、抗真菌薬やピロリ菌の除菌で使用する薬との飲みあわせにより催眠作用が延長してしまいます。レンボレキサントでは他の薬剤との飲み合わせでの効果の減弱の報告はありません。
オレキシン受容体刺激薬
脳内のオレキシン受容体が活動すれば、ナルコレプシーの患者さんでも覚醒が維持できるはずですが、残念ながら処方可能な薬は現在のところありません。
睡眠/覚醒は毎日のことですから、飲み薬の開発が望まれています。実は経口オレキシン受容体刺激薬の開発はかなり進んできており、第3相臨床試験(国への医薬品製造販売承認申請に必要な最後試験)が現在(2024年11月)進行中です。この経過によって眠りに困っていたナルコレプシーの患者さんの生活が一変する可能性を秘めており。我々としても結果が待ち遠しい試験です。
おわりに
メラトニンとオレキシンは、私たちの睡眠と覚醒のリズムを制御する上で非常に重要なホルモンです。これらのホルモンに基づいた治療法は、睡眠障害に対する新しい治療法として注目されています。効果的な治療法やナルコレプシー患者さんへの根治的な治療が期待されます。
当院は日本睡眠学会専門医療機関として、睡眠検査・評価を実施するための環境を整え日々多くの患者様の睡眠改善に取り組んでおります。睡眠に関するお悩みがございましたらお気軽にご相談ください。
参考URL
オレキシンの生理機能の解明 櫻井武 (chrome-extension://dnkjinhmoohpidjdgehjbglmgbngnknl/pdf.js/web/viewer.html?file=https%3A%2F%2Fwww.md.tsukuba.ac.jp%2Fbasic-med%2Fpharmacology%2Forexin.pdf)
YouTube PIVOT公式チャンネル(https://www.youtube.com/channel/UC8yHePe_RgUBE-waRWy6olw)
オレキシン受容体刺激薬第3相臨床試験(https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2024/takeda-tak-861-narcolepsy-2024)
関東百貨店健康保険組合 けんぽだより(https://www.kanto-kenpo.or.jp/webmagazine/index.html)