日中の眠気と交通事故

1989年の流行語大賞で銅賞を受賞した「24時間戦えますか」というキャッチフレーズは、日本経済が絶頂期を迎えていたバブル時代を象徴する言葉でした。しかし、バブル崩壊後の30年間は「失われた30年」とも揶揄されるようになり、景気が良かった当時を懐かしむ方も多いのではないでしょうか?

残業時間の増加は突然死のリスクを高める

“24時間戦えますか”は極端な表現かもしれませんが、日本では長時間労働が常態化していました。
残業時間の増加は睡眠時間の減少を招き、脳卒中や心筋梗塞など突然死のリスクを高めます

毎日の残業が2時間以上続くと、睡眠時間が6時間未満になるリスクが高まることが指摘されています※1。このような状況を受け、2019年4月に「働き方改革法案」が施行され、過労死防止を目的とした残業時間の規制が導入されました。しかし、施行時期に企業規模や業種による差があり、特に医療・建設・運輸業界では2024年まで猶予が設けられたため、改善が遅れている分野も多くあります。

特に運輸業界では、EC事業の需要増加に対し労働者不足が深刻化しており、業界全体の長時間労働が依然として続いています※2。睡眠不足は交通事故につながるため一人当たりの勤務時間を抑える方向へ業界全体の努力が進められています。
ドライバーの方の総勤務時間がへることによる影響として「物流における2025年問題」が懸念されています。

当院には、多くのドライバーの方が睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療のため通院しています。ドライバーさんは「50歳以上・男性・肥満」といったSASの特徴を持つ方が多いのです。これには、長時間運転による運動不足も影響しています。

SASは心疾患や脳卒中のリスクを高めるだけでなく、睡眠の質を悪化させ、居眠り運転の原因にもなるため、適切な予防と治療が必要です。

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睡眠の量・質の低下は運転事故を招く

毎日の睡眠時間が短くなると、自覚的な眠気は感じにくいものの、集中力は確実に低下します。睡眠不足が続くことで、集中力低下や疲労が蓄積され、血管へのダメージが「負債」として蓄積されてしまいます。結果的に、取り返しのつかない健康被害が生じる可能性があります。

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日本国内では、バスや電車・新幹線の遅延などのトラブルの際に運転士の精密検査を行い、SASが判明したケースが多数報告されています。SASによる睡眠の質の低下が交通事故の増加につながることは明らかであり、多くの企業が社員の健康管理の一環として「睡眠時無呼吸症候群の検診」を実施するようになっています。

SAS検診について

SAS検診は、未診断のSASを発見することを目的とした検査で、健康診断の際に希望者を対象によく行われます。職業ドライバーを対象に企業が主導で検診を行いこともあります。検査には機器を使用するほか、眠気についての質問紙を活用します。

どんな時にウトウトしてしまうのかを記載する質問紙として、エプワース眠気尺度(ESS)を用います。ESSは、日中の眠気を評価するために作成された質問用紙で、SASなど睡眠障害が疑われる場合に多くの医療機関で使用される標準的な評価ツールです。

しかし、「日中の眠気」は個人差が大きく、「眠気が強いほどSASが重症」とは限りません。眠気がほとんどなくても重度のSASであるケースや、逆にSASがなくても強い眠気に悩むケースもあります。そのため、より正確にSASを評価するためには、睡眠中の無呼吸(低酸素状態)を確認する「パルスオキシメトリー検査」が必要になります。

残念ながら、パルスオキシメトリー検査だけでは、正確な睡眠時間の計測や、呼吸の止まり方(閉塞性・中枢性)の評価など確定診断に必要な情報まではわかりません。しかし、自宅でSASの可能性を評価できるため、多くの企業や健康診断機関で広く使用されています。

当院におけるSAS検診

当院では年間30社を超える法人様へ、延べ5,000名以上の方の企業検診を行ってきました。もちろん検査の異常(=SASの疑い)がある場合は、追加検査のご提案や治療方針の相談も実施しております。

全国に支社がある法人からの依頼も多く承っており、郵送での検診検査が可能です。新横浜本院や新東京院(東京都大田区)から離れたところにお住いの方にも必要な治療が受けられる医院の相談も行っております。

法人の検診担当者様、労働安全衛生担当者様から当院へご連絡の際はお問い合わせフォームよりお問い合わせをお願いいたします。

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睡眠不足は社会全体に影響を与える

睡眠不足によるパフォーマンスの低下は、個人の問題にとどまらず、企業や社会全体に深刻な影響を及ぼします。特に運輸業界では、一瞬の判断ミスが重大事故につながるため、睡眠管理が極めて重要です。

SASを治療しない場合、交通事故リスクは5倍に増加すると言われています。しかし、適切な治療を受けることで、SASのない人と同じレベルにまでリスクを低減できることが示されています※3。検診によるSASの方の早期発見と、適切な治療方法の相談、その後のかかりつけ医への引継ぎまでを行うことで、事故が減り企業だけでなく街全体の人日の笑顔を護っていくことができるのです。

睡眠の問題は見過ごされがち

睡眠の問題は自覚しにくく、慢性的な睡眠不足になると「自分は大丈夫」と思い込んでしまうことが多くあります。そのため、定期的な健康診断で睡眠に関するチェックを行うことが推奨されています。

職業ドライバーや長時間労働を伴う職種では、特にSASのスクリーニング検査を受けることが望ましいでしょう。当院では、職業検診の一環としてSASのスクリーニング検査を実施しており、簡単な機器を用いた検査で睡眠の質や無呼吸の有無を確認することが可能です。もしSASが疑われる場合には、精密検査や適切な治療のご提案も行っています。

眠気による交通事故は防ぐことができる

眠気による交通事故は、予防が可能です。自身の健康管理はもちろん、周囲の安全を守るためにも、睡眠の質を向上させることを意識してみてはいかがでしょうか。

睡眠に関するご相談や検査をご希望の方は、お気軽に当院までお問い合わせください。

※1厚労省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/suimin/index.html

※2 令和6年版過労死等防止対策白書: https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/karoushi/24/index.html

※3 Burks SV,et al. Nonadherence with Employer-Mandated Sleep Apnea Treatment and Increased Risk of Serious Truck Crashes. Sleep. 2016 May 1:967-75.