睡眠薬と車の運転——知っておいてほしいこと

目次

はじめに

「睡眠薬を飲んでいても車の運転はできますか?」

外来でよくいただく質問のひとつです。生活のために車が必要な方、お仕事で運転が欠かせない方にとっては、とても切実な問題ですよね。

今日は、この「睡眠薬と運転」について、法律のこと、薬の添付文書のこと、そして最近の新しい動きまで、できるだけわかりやすくお伝えしたいと思います。

下浦雄大

下浦 雄大

日本睡眠学会認定 総合専門医
日本医師会認定 産業医

RESM新東京スリープメディカルケアクリニック
副院長

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睡眠専門医が、あなたの「眠れない」に答えます。

山梨大学医学部卒業後、循環器内科での臨床経験を経て睡眠医療へ転身。現在はRESM新東京スリープメディカルケアクリニック副院長として、睡眠・循環器・産業医の3領域で診療中。一般クリニックでは対応困難な「過眠症」や「概日リズム睡眠障害」まで、科学的根拠にもとづいた支援を行っています。


RESM新東京スリープメディカルケアクリニック 副院長 下浦 雄大 | 日本睡眠学会認定総合専門医  日本医師会認定産業医

まず、絶対に知っておいてほしいこと

最初に、大切な前提をお伝えします。

平成26年に「自動車運転死傷行為処罰法」という法律が施行されました。この法律では、薬の影響で正常な運転ができない状態で事故を起こした場合、「危険運転致死傷罪」が適用される可能性があります。死亡事故であれば懲役15年以下

——飲酒運転と同等レベルの重い罰則です。

「処方された薬を飲んでいただけなのに」と思われるかもしれません。
ただ、法律はそのように定められています。このことは、ぜひ頭に入れて、以下の内容を一緒に確認するようにしましょう。

睡眠薬の「添付文書」には何と書いてある?

薬には「添付文書」という説明書がついています。睡眠薬の多くには、この添付文書に次のような記載があります。

「自動車の運転等、危険を伴う機械の操作に従事させないこと」

「従事させないこと」——つまり、はっきりと「禁止」と書かれているわけです。

実はこれ、睡眠薬だけの話ではありません。抗うつ薬(一部を除く)、抗不安薬、抗精神病薬など、心療内科・精神科で処方されるお薬の多くに、同じような記載があります。

さらに、意外と知られていないのですが、市販の花粉症の薬(第一世代の抗ヒスタミン薬)にも「運転注意」や「運転禁止」の記載があるものがあります。「市販薬だから大丈夫」と思って運転されている方も多いのですが、春先はとくに気をつけていただきたいところです。

でも、「禁止」と書いてあれば全員アウト?

ここが、少し複雑なところです。

添付文書に「運転禁止」と書いてある薬が、これだけたくさんあるということは——睡眠薬や向精神薬を服用しているすべての方が、車を運転してはいけないということになってしまいます。

しかし実際には、薬を飲んで症状が安定した状態の方が、飲んでいないときよりも安全に運転できる場合もあります。病気の症状がひどい状態の方が、むしろ運転に支障をきたすこともあるからです。

日本精神神経学会も2014年のガイドラインで、「抗うつ薬の一部を除いたほぼすべての向精神薬に運転禁止の記載があり、恩恵があるはずの治療薬が患者さんの生活を奪うことになりかねない」とこの問題をはっきりと指摘しています。。

では、なぜこれほど多くの薬に「禁止」と書かれているのでしょうか。理由のひとつは、製薬会社の立場から見ると、リスクの可能性を完全に否定できない以上、安全側で記載せざるを得ないという事情があるからです。

つまり、「科学的に危険と証明されているから禁止」ではなく、「万が一のために禁止と書いている」というケースも含まれているのです。

添付文書の記載が、必ずしも最新の科学的知見を完全に反映しているとは言い切れない——これが正直なところです。

制度が変わってきた——令和4年のガイドライン

こうした学会のステートメントが出ている状況を受けて、国も動き始めました。

令和4年(2022年)12月、厚生労働省が「向精神薬が自動車の運転技能に及ぼす影響の評価方法に関するガイドライン」を通知しました。新しく開発される向精神薬については、承認前に運転への影響を科学的にきちんと評価することを求める内容です。覚醒機能・感覚機能・認知機能・精神運動機能それぞれへの影響を、臨床試験でしっかり確認してから承認する、という流れが整備されたのです。

新しい睡眠薬・ボルノレキサント(ボルズィ)の登場

薬事日葡HPより

この新しい評価基準のもとで承認された薬のひとつが、2025年8月に承認・11月から処方が始まった「ボルズィ錠」(一般名:ボルノレキサント)です。大正製薬が開発した、オレキシン受容体拮抗薬という種類の睡眠薬です。

ボルノレキサントはオレキシン受容体拮抗薬という種類の睡眠薬です。
先行薬——ベルソムラ(スボレキサント)、デエビゴ(レンボレキサント)、クービビック(ダリドレキサント)——の添付文書にはいずれも「従事させないこと」と記載されています

ところがボルノレキサントの添付文書には、こう書かれています。

「適否を慎重に判断し、危険を伴う作業等を行う場合には十分な注意が必要であることを適切に患者に指導すること」

「禁止」ではなく「慎重に判断して」という記載になったのです。これは国内の睡眠薬では画期的なことです。医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査報告書には「就寝前に投与し、十分な睡眠時間を確保できることを前提とすれば、一律に運転禁止の注意喚起をする必要はない」と明記されています。

※ただし、ここで大切なことをお伝えします。「添付文書上で禁止されていない」ことと「安全が保証されている」ことは、まったく別の話です。個人差・服用量・他の薬との組み合わせ・その日の体調によって影響は変わります。「ボルノレキサントを飲んでいるから運転して大丈夫」とはなりません。

レンボレキサントのケース——データと記載のギャップ

もうひとつ、興味深い例をご紹介します。

レンボレキサント(デエビゴ)は、海外で実施された運転技能への負荷試験において、プラセボと比較して有意な影響がなかったというデータ(≒レンボレキサントを飲んでいない群と運転での影響が遜色ない状態だった)が存在します。
しかし日本の添付文書は、それでも「従事させないこと」のままです。

これは、添付文書の記載が承認時点の規制の枠組みに沿って書かれるため、科学的知見が更新されても追いつくまでに時間がかかるという現実を示しています。ボルノレキサントが「令和4年のガイドライン後に審査を受けた」点で他の薬と評価プロセスが異なり、その差が添付文書の記載に反映されているのです。

「添付文書に書いてあるから科学的に正しい」とは言い切れない場合がある——このことは、医療従事者として知っておいていただきたい背景です。

患者さんへのお伝えの仕方——まとめ

最後に、当院としての睡眠薬の処方の際のご説明を参考として掲示します。

① 法律の話は必ず最初に
薬の影響下での事故は危険運転致死傷罪になりうること、これは前提として伝えましょう。

② 添付文書の記載は重要だが、一律ではない
「禁止」と書いてあっても、科学的に危険が証明されているわけではない場合もあります。ただし患者さんへは「だから飲んでも運転していい」という伝え方はできません。

③ 薬を変えた直後・増量した直後は特に慎重に
体が薬に慣れていない時期は、眠気や注意力の低下が起きやすいため、この時期の運転は控えるよう伝えていますので、よく医師と相談してください。

④ 花粉症薬も忘れずに
市販の抗ヒスタミン薬にも運転禁止相当の記載があるものがあります。処方薬だけでなく市販薬まで含めた確認を行いましょう。

⑤ 運転の可否は個別に判断する
病状・薬の種類・生活の必要性を踏まえ、患者さんと一緒に考えていく姿勢が大切です。「添付文書にそう書いてあるから一律禁止」でも「自己責任でどうぞ」でもなく、丁寧な個別対応を心掛けております。

おわりに

「運転は禁止です」と一言お伝えするのが、医師として一番簡単な対応かもしれません。

でも、生活のために車が欠かせない方、お仕事で運転が必要な方にとって、その一言が生活や仕事を奪ってしまうこともあります。不眠に悩みながら、治療まで諦めなければならない——そんな状況には、できるだけしたくないと思っています。

大切なのは、「この薬だから運転禁止」と杓子定規に判断するのではなく、その方の病状・薬の状態・生活の事情をきちんと把握した上で、一緒に考えていくことだと思っています。

症状に悩む患者さんが路頭に迷わないよう、これからも対話を大切にした診療を心がけてまいります。

本稿は医療従事者向けの情報提供を目的としており、個々の患者への診療判断を代替するものではありません。

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